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 BackNumber〜2011WSC

2011WSC 大会事前情報2 2011/10/10 00:00

豪大陸縦断ソーラーカーレース:2011 World Solar Challenge (WSC)が、10月16日にオーストラリアのダーウィンをスタートし、アデレードまでの3,000kmのスチュアート・ハイウェイで開催される。この熱き戦いの内容を理解するために、2011年参戦車両における主要コンポーネントについて、技術的な見所を紹介しよう。



■2011大会における太陽電池レギュレーションの変更

WSCの競技区間となるとなるスチュアート・ハイウェイは公道であり、WSC競技中も、法律に定められた制限速度が適用される。その制限速度は、コース北側のNorthern Territory準州で130km/h、南側のSouth Australia州で110km/hとなっている。

これに対し、2005 WSCにおいてNuon Solar Team(オランダ・デルフト工科大学)のNuna 3や、2009 WSCの東海大学チャレンジセンターのTokai Challengerは、100km/hを超える平均速度での完走を果たした。実際のルートでは、街中の低速度区間(40-60km/h以下)や信号が存在することから、100km/hを超えた平均速度で完走したということは、つまりほとんどの区間を制限速度上限で走行し続けていた、ということになる。

さらなる技術の進歩によるこれ以上の速度アップは、公道レースとして道交法を満たさなくなるため、WSCでは100km/hを超える記録が生まれた次の大会では、ソーラーカーの速度が低下するようにレギュレーションが改定されてきた。

それまで、全長×全幅が5×1.8m以内であれば無制限(約8m2相当)に貼ることができた太陽電池は、Nuna3が優勝した次のレースの2007年にはセル面積で6m2以内に制限。そして2009年東海大優勝の次のレースとなる今年2011年には、化合物太陽電池の搭載面積がそれまでの半分の、3m2にまで縮小された。

2011年レギュレーションでは、それまで発電量的には1.8kWだった変換効率30%の化合物太陽電池は0.9kWに減少する一方、シリコンは6m2のまま据え置かれた。トップレベルの22%シリコン太陽電池の変換効率であれば、1.32kW程度の発電を得ることとなる。
このような条件下では、チームは次の4通りの選択肢の中からソーラーカーの設計を考える。

@ シリコン太陽電池6m2を搭載した従来タイプ
A 化合物太陽電池3m2を搭載したスモールタイプ
B 化合物太陽電池3m2に集光器組み合わせた従来タイプ
C シリコン太陽電池と化合物太陽電池を組み合わせた混合タイプ
  (たとえばシリコン太陽電池3m2と化合物太陽電池1.5m2)

しかしCは大会側は推奨せず、不利になるように調整する旨のアナウンスがあり、事実上禁止されている。各チームで様々な検討が行われたが、Aについてはトレッドやホイールベースの確保が困難であり走行安定性に課題があることや、タイヤおよびドライバーの大きさがそのままであるため、前方投影面積などを低減しにくいなどにより、@よりも性能が落ちることが考えられる。

Bについては、ベルギーのUmicore Solar teamが2m2の化合物太陽電池と、2〜3倍程度?の集光器付き化合物太陽電池1m2を組み合わせることで、多くの発電量を得ようとする試みが行われる。単純な計算では1200Wから1500Wとなるが、朝夕や曇天時などの発電に課題があることや、車体重量の増加が懸念されるため、この集光方式には無理があるのではないかと考えられる。

独自の実用化路線を進むドイツのBochum大学が3m2の化合物太陽電池を搭載するという情報もあるが、上記の理由により、ほとんどのチームは@のシリコン太陽電池6m2を採用することとなった。



■太陽電池セルの動向

シリコン太陽電池には大きく分けて、単結晶シリコン、多結晶シリコン、アモルファスシリコンの3種類があるが、変換効率的には単結晶シリコンが最も優れている。6m2と限られた太陽電池面積でできるだけ多くのエネルギーを得ようとした場合、変換効率が高い太陽電池を搭載するほかない。

1990年代は16%を超えれば高効率であると思われた太陽電池の変換効率であるが、近年では18%を超えるものは多く存在し、中には20%を超えるものが登場している。現時点で、20%の変換効率に達する高効率シリコン太陽電池を市場に投入しているメーカーには、SunPower(サンパワー)とパナソニックがある。
いずれも、独自の高効率化技術を開発しており、非常に興味深い。

SunPowerのバックコンタクト太陽電池
SunPower社は1970年代から高効率太陽電池の開発に着手し、スタンフォード大学教授であったSwanson博士が1985年、SunPower社を公式的に創立した。

SunPowerセルがソーラーカー業界に登場したのは1993年のホンダDreamが最初である。当時は21%の変換効率を誇り、1993 WSCで初優勝を果たすのに貢献した。1996年にはZDPのソーラーバイシクル「スーパーとんかち」がSunPowerセルを搭載し、World Solar Cycle Challenge: WSCCで優勝している。

その後、同社のセルはNASAの無人ソーラー飛行機(Helios)などにも搭載された実績を持つ。日本のソーラーカーでは、大阪産業大学OSUのmodel S'、再輝、呉光高等学校、玉川大学などが採用している。2011年6月、SunPowerは世界最高に並ぶ24.2%の太陽電池開発に成功したと発表している。

SunPowerセルは、バックコンタクト(裏面電極)構造という特殊な方式を採用している。通常の太陽電池には、光を受けて生成したキャリア(自由電子と正孔)を捕まえるフィンガー電極(集電電極)が表面と裏面に、設けられている。特に表面の集電電極の直下には光が当たらないため、これを取り除いてしまおうというのがその発想の基になっている。

太陽電池の裏面近傍にキャリアを届かせる必要があるため、シリコン基板の厚さは0.2mm以下となっている。従来からある125mm角のA300型セルの後期バージョンはセルカットが行いにくいため、125mm角のものをそのまま搭載するケースが多かった。しかしながら、ソーラーカー用モーターで使いやすい96〜120V程度の電圧を得ようとした場合、200枚程度を直列に接続する必要がある。空力に配慮したソーラーカーの場合、大きなモジュールとなることから、この面内の角度差によって発電量が低下しやすい。そのため、セルカットを行わない125mm角セルを採用した場合、2次元曲面ルーフを採用したソーラーカーが登場しやすい。American Solar Challengeに出場する米国のソーラーカーチームのスペック表にはC50あるいはC60といったバージョンの記載も見られ、新型バージョンではセルカットが可能になったようである。

なお、この裏面電極構造はシャープ社の新型住宅用太陽電池モジュールでも採用されることとなった

セルカットなしSunPower採用チーム

MIT、スタンフォード大学、ニューサウスウェールズ大学、Aurora、ケンブリッジ大学、芦屋大学(東芝供給)、Team OKINAWA、Team Solar Phillipines、Midnight Sun、SAITEM、Onda Solareなど

セルカットありSunPower採用チーム Nuon Solar Team、ミシガン大学、トロント大学、カルガリー大学

これらの中でも、スタンフォード大学チームはSunPower社と近い関係から、SunPower勢の中でも最高効率の太陽電池を搭載してくるのではないかと噂されている。

これに、透過率や反射防止膜を設けやすいコーニング社のガラス薄膜による封止を行うなど、発電重視の設計となっている。しかしながら、ナイフエッジのように薄いボディであるため、とくにフロントサスペンションの強度が不足するのではないかと懸念する意見もある。同様にUmicoreも2009年と同様なボディ構造であり、2009年に悲劇を招いたフロントサスペンションの強度が改善されているのか、注目される。

なお、表面が山型の構造になるようにエッチング処理を行うことで、テクスチャー構造を実現し、太陽電池表面で反射した光をもう一度キャッチできるような工夫も、高効率太陽電池では行われている。テクスチャー加工を施した樹脂フィルムをモジュール最表面に使用するケースもあるが、砂埃が詰まりやすいという欠点もあり、ちり煙霧も発生するオーストラリアのソーラーカーレースでの優位性については、一概に判断できない。


太陽電池の構造
図:太陽電池の構造
通常の太陽電池(上)、バックコンタクト型(中)、HIT太陽電池(下)


PanasonicのHIT太陽電池
HIT cell20011年4月、三洋電機はパナソニックの完全子会社となり、今後ブランド統一が図られる流れにあることから、今回のWSCではPanasonic HIT太陽電池と呼ばれている。HITというのはHetero-junction with Intrinsic Thin-layerの略であり、直訳すると「真性薄層をもった異種接合」という意味になるが、日本語になったところで一般の方々には意味不明である

歴史的には、アモルファスシリコンをn型単結晶シリコンの上にp型アモルファスシリコン薄膜を堆積させることで、ヘテロジャンクションを形成した。このとき、i型(不純物が入っていない真性)アモルファスシリコンを両者の間に挿入したところ、劇的に変換効率が増加することが見いだされ、これを機にHIT太陽電池の開発がスタートした。話が難しいこともあってか、この新しい構造をもった太陽電池が市場で「ヒット」するようにという願いを込めたネーミングとなったといわれている。

HIT太陽電池は、次の4つの効果により高効率化されていると考えられている。(参考:桑野幸徳著「太陽電池はどのようにして発明され、成長したのか」)

@ 広い光学バンドギャップ
アモルファスシリコンのバンドギャップ(禁止帯幅)は、約1.4eV(eVはエレクトロンボルトという単位で電子を1V分だけ持ち上げるのに必要なエネルギー)の大きさであり、結晶系シリコンの1.1eVよりも大きい。そのため、発電しているシリコン内部に光が届きやすい。
※バンドギャップ:シリコン同士が共有結合している状態から、電子を自由にするために必要なエネルギー。バンドギャップよりも大きなエネルギーをもつ光が入射すると、電子と正孔という2種類のキャリア(電荷を運ぶ粒子)が発生する。

A キャリア閉じ込め効果
バンドギャップが大きいアモルファスシリコンのおかげで、発電せずに逆方向の電極に逃げる電子や正孔を減らすことができる。

B i層効果
真性アモルファスシリコン薄膜を単結晶シリコン上に堆積させることで、パッシベーション効果(単結晶シリコン表面の未結合手を埋めることで、再結合センターを減らしキャリアの寿命を長くする。)

C 長いキャリアライフタイム
結晶系シリコンの場合n型の方が少数キャリアのライフタイムは一般に長い。HIT太陽電池ではn型シリコン基板を用いているため、キャリアライフタイムが長く発電には有利である。その結果、700mV以上のきわめて高い開放電圧Vocを実現し、出力電圧を稼ぐことができる。(バックコンタクト型もn型シリコン基板を使用している。)

東海大学のソーラーカーTokai Challengerは、2011 WSC出場チーム中で唯一の日本製となるパナソニックHIT太陽電池を搭載し、数多くのSunPower包囲網に対抗する。変換効率は22%と高く、6m2で1.32kWの出力を確保した。

また、広いバンドギャップをもつアモルファスシリコンによって、内部電界を確保しているため、温度が上昇した際にも、結晶系シリコン太陽電池より発電量低下が少ない。オーストラリアの高温地帯を走るソーラーカーは走行中でも40℃程度に太陽電池モジュール温度が上昇し、停車時には70℃程度にまで達するため、この高温に強い特性は、ソーラーカーレース時に有利になると期待される。


HIT温度特性図1   HIT温度特性図2

なお、Tokai Challengerでは、太陽電池セルをカットすること、および2段積みMPPT構成を採用することで、少ない面積で一つの発電単位を形成している。その結果、影の影響による発電量低下を最小限に抑えることに成功している。さらに、上位チームの中では、唯一3次元的なルーフ形状を採用することで、空力性能の向上を果たしている。

なお、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学(UNSW)は、基本的にはSunPower太陽電池がほとんどを占めるが、一部に同大が開発したPERLセル(通称Greenセル)を一部搭載する。


■リチウムイオン系電池の動向

2011WSC参戦車には、主に3種類のリチウムイオン系電池が、搭載される。HIT cell

@ リチウムイオン電池
一般的なリチウムイオン電池は従来から使用されてきているが、正極にはコバルト酸リチウム、マンガン酸リチウム、ニッケル酸リチウムなど複数の材料が採用されている。2009 WSCで優勝した09 Challengerのリチウムイオン電池は、パナソニック製NCR18650型であった。この電池のエネルギー密度が高かったことから、25kgであった搭載重量は2011 WSCでは21kgにまで削減された。これに対して、3.1Ahに電流容量を増やしたNCR18650A型が、2010年シーズンに登場した。

リチウムイオン電池容量

平均電圧3.6Vで3.1Ahの放電容量をもつこの電池は、質量がカタログ値で45.5gとなっており、エネルギー密度は245Wh/kgと高い。2011 WSCでは、日本の東海大学、オランダのデルフト工科大学、トゥウェンテ大学、アメリカのスタンフォード大学、カリフォルニア大学、シンガポールの南洋工科大学が、この電池の供給を受けた。なお、Team OKINAWAも独自にこの電池を入手している。

A リチウムイオンポリマー電池
2011WSCの車両規定では、22kgのリチウムイオンポリマー電池を搭載することが許されている。リチウムイオン電池とリチウムイオンポリマー電池の違いは電解液が液体か固体かの違いのみであり、リチウムイオンポリマー電池では導電性プラスチックがその役割を担う。リチウムイオン電池とリチウムイオンポリマー電池は、正極や負極のなどの蓄電材料などは変わらないため、エネルギー的にはほぼ同じになる。したがって、同じ搭載重量の制限値で良いはずであるが、大会によってリチウムイオンポリマー電池が不利になったり有利になったりする、妙なレギュレーションが採用されている。
スズ系やシリコン系の負極材料を使うことでサイクル寿命を犠牲にしながら放電容量を稼ぐ技術が知られている。今回は、このような手段を採用したレース専用のリチウムイオンポリマー電池が一部に登場するといわれており、重さの違いもあることからリチウムイオン電池を上回るポテンシャルを実現したといわれている。芦屋大学は、このタイプの電池を搭載するものと考えられる。

B リン酸鉄リチウムイオン電池
日本国内のソーラーカーレースではあまりなじみがないが、2011WSCではリン酸鉄リチウムイオン電池を搭載するチームも、いくつか存在するようである。コスト的にも有利とされているが、エネルギー密度は発展途上にあり120〜160Wh/kg程度が実現できるといわれている。調べた範囲では、137Wh/kgのものは入手可能であるようであり、2011 WSCのレギュレーションでは40kgの搭載が認められていることから、リチウムイオン電池勢よりも1割程度多い5.5kWh程度のエネルギーを確保できそうである。しかしながら重量増加による転がり抵抗の悪化もあるため、ソーラーカートータルの性能ではマイナスになると予想される。



■低転がり抵抗タイヤ

2009 WSCでは、使用が認められたソーラーカー用のダンロップタイヤSOLAR MAXであるが、溝の深さが不足することや、「Not for Highway Use」という表記がサイドを-ルに表示されている問題もあり、2011 WSCでは使用できなくなると大会側は発表している。

また、2009年仕様のミシュラン製ラジアルタイヤも、メーカーから2011 WSCでは適合外であるという連絡もあった。したがって、2011WSCのソーラーカー用タイヤとしては、2011年仕様のミシュランラジアルのみが適合するという状況になり、それ以外のチームはバイク用タイヤなどからチョイスすることになりそうである。ソーラーカー用タイヤのバイク用タイヤでは転がり抵抗が、かなり異なるためタイヤの違いが、レースの勝敗を分けることになるかもしれない。



最後に

上記はあくまでも車体を構成するコンポーネント単体でのポテンシャル比較であり、車両全体としての性能としては、ボディの軽さや空気抵抗、モーターの変換効率など、様々な要因が存在する。

これらを加味した2011 WSCの優勝候補としては、2010 South African Solar Challengeでも優勝しWSC 2連覇を狙う東海大、2001年から2007年までWSC 4連覇を達成したNuon Solar Team、そしてAmerican Solar Challengeで優勝しているミシガン大学の3チームが有力であると思われる。とくに、東海大学は東レの1Kと3Kカーボンを童夢カーボンマジック社で製品成型し、カーボンロールフープ、カーボンスイングアームなど、部品のカーボン化率を高めて前作よりも20kg軽量化している。アモルファスコアやセラミックボールベアリングを採用したミツバ製ダイレクトドライブモーターは、過去最高の変換効率を得たといわれている。

さらに、2011年1月に純ソーラーカー(補助バッテリの搭載なし)で世界最高速のギネス記録を樹立したUNSWや、WSC優勝経験をもつAuroraも、上位争いに加わりそうである。また、SunPower社との関係が深いスタンフォード大学は発電量がSunPower勢トップといわれており、気になる存在である。MITや日本の芦屋大学なども同様なレベルにあると見られている。

レースの結果は、天候予測を含むエネルギーマネジメントや、車体性能を100%引き出すためのメカニックの精度やスピード、そしてトラブルの少なさなどが絡み合ってくる。上位勢の車体のポテンシャルの差が、これまでよりも僅差である今年の大会は、WSC史上最も白熱した優勝戦いが繰り広げられるものと期待できる。

最近のオーストラリアは天候不順であり、もしかすると悪天候を制するものが勝利する可能性もあり、その場合には、大きな番狂わせも生じるかもしれない。(k)

関連リンク:
大会公式サイト - 大会レギュレーション http://www.worldsolarchallenge.org/participant_information/event_regulations
東海大ライトパワープロジェクト http://deka.challe.u-tokai.ac.jp/lp/
Nuon solar team http://www.nuonsolarteam.nl/
University of Michigan Solar Car Team http://www.umsolar.com/
UNSW Solar Racing Team http://www.sunswift.com/
Aurora Vehicle Association Inc http://new.aurorasolarcar.com/
Stanford Solar Car Project http://solarcar.stanford.edu/
MIT's SEVT http://solar-cars.scripts.mit.edu/
芦屋大ソーラーカープロジェクト http://www.ashiya-u.ac.jp/solarcar/
UMICORE SOLAR TEAM http://www.solarteam.be/
ZDP独自調査の非公式スペック一覧
オーストラリア気象庁 - 4日間予報図 http://www.bom.gov.au/australia/charts/4day_col.shtml

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